ドイツは完敗

標準

かくて第一次世界大戦終結の時、千載一遇のチャンスが到来する。ドイツは完敗し、オーストリアは国力が衰退、ロシアは革命で国情が一変したからである。

シベリアのポーランド人は歓喜に沸いたが、それもつかの間、新しく出現したソ連の弾圧に遭い、凍(い)てついた原野で難民と化す。この動乱の中で親を亡くすタトゥー除去 東京孤児が数多く出た。
この時、ポーランド人有志の懇願を受けた日本は孤児救出に乗り出した。日本赤十字社を中心にシベリア出兵中の帝国陸軍の兵士も加わり、孤児を助け出す。大正9年のことである。 結果、シベリアから平均年齢5歳、765名におよぶ孤児を東京と大阪に保護、飢餓や凍傷で満身創痍(そうい)の彼らの治療に当たった。 なかには重篤の孤児もいた。看護婦の一人、21歳の松沢フミが担当した幼女は凍傷の上に腸チフスを発症していて、もはや手遅れと思われた。 松沢看護婦は不憫(ふびん)でたまらず、毎晩幼女のベッドで添い寝した。死を待つほかないのなら、せめて自分の胸で死なせてやりたいと思ったからだ。